2018年07月23日

時代と自分に合った越境とは。

著書「パラレルキャリアを始めよう」で存じていました
法政大学大学院の石山恒貴(いしやま・のぶたか)氏の
シンポジウム。

青学WSD(ワークショップデザイナー育成プログラム)
修了生向けに来た情報で、講座が終わってもこのように
学びの機会が継続してあるのは付加価値だなと思っています。

シンポジウムのタイトルは
【越境的学習を通じた学びなおしの継続】
「越境」という言葉に反応して参加しました。


私にとっての越境とは

私の中で越境とは、枠から出る、既存の考え方から出る
という感じで、物理的でも心理的でもいいのですが、
自分の知っている世界から外に出るということ。

ただし、今までの知識や知恵は持ったまま
というところが大事です。
自分の枠の中で熟成させてきたことを、
外の新しい考え方と融合させるという形が
自身でしっくりきます。

なぜ外に出るかというと、知らないことを知りたい、
既知の知識や知恵だけではどうも答えが出そうも
ないからという知的欲求で外に答えの種になることを
探しに行くからです。

具体的に「外に出る」とは、
今回のようなシンポジウムや講演会に足を運んだり、
WSDのような講座を受講したり、
読書をすることや朝活に出たり、
お稽古ごとをすることまで含まれます。

「ここから何か学びを得よう」と自分で思えば、
どんなことにでも越境し、学びになる種はあると思うのです。

ルイス・キャロルの“不思議の国のアリス”に出てくる
公爵夫人の言われるがごとし、
「なんにでも、見つける力さえあれば、教えはあるものよ」
ということです。


行動がともなわない意識高い系

今回のシンポジウムの要約としては、
自分の枠(ホーム)から新しい世界(アウェイ)に出ることの
必要性やメリット、アウェイの考え方をホームに持ち込もうと
する時には「迫害」=異質なものを受け入れることを
拒否することが起こる、

それが一つの原因となり「自己啓発」という言葉が
使われている割には、実際行動に移している人は少なく、
企業でも個人でも意識は高いのに、
時間やお金を投資するという行動が
ともなっていないのではないか?
という結果が数字で示されました。

これは私にとって意外な数字で、こんなに低いの?!と
軽くショックを受けたくらいです。
自己啓発をしていない理由の一つは明確なメリットを
実感できないからでないかなと思います。

調査にあたり、自己啓発の定義はあるそうですが
それはさておき、自己啓発についてあまりにも仰々しく
考え過ぎているのではないでしょうか。

先の引用の「見つける力さえあれば、教えはある」のとおり、
大学院に行ったり研修をうけることだけが
越境や学びの入り口ではないのです。

普段好きでしていること、
意識・無意識に習慣としてしていることでも充分です。

それが学びや越境の域に入る瞬間とは
「他の方法はあるのかな?」
「みんなはどうやっているんだろう?」と
外の世界に目が向いた時。

この瞬間を逃さずに、
そこから外に一歩踏み出す。

本を読んだり、講座や研修・講演会や勉強会といった場所に
でかけて行くのです。


いわさき ちひろと越境

このシンポジウムに参加した日に
たまたま次の予定との空き時間があり、
美術館に行く予定を入れていました。

私は美術館に行くことが好きなので
こうしたすきま時間があると、
時間に見合った規模の展示、次の予定の場所など考慮して
美術館に行くことを日常的にしています。

この日に行ったのは、東京駅丸の内北改札直結の
東京ステーションギャラリー。
そこで開催中の「いわさき ちひろ、絵描きです。」
という展覧会です。

「いわさきちひろ」という人間を紹介している
展覧会のようだと、開催前から期待していた展覧会で、
「越境」とリンクした部分がありましたので取り上げます。


展覧会タイトルでもある「いわさき ちひろ、絵描きです。」

このフレーズはいわさきちひろ(1918-1974)さんが
後に夫となる松本善明さんに初めて会った時に
自己紹介として言ったフレーズだそうです。

「絵描きです」という言葉にとても強い意志を感じます。

私はちひろさんのことを、絵本や児童書の挿絵作家だと
思っていたこともありましたが、
練馬区にあるちひろ美術館・東京で彼女の人生を知った時に、
この人は強い意志や主張をうちに秘めた人なのだと
見る目が変わりました。

多くの作品から受ける柔らかい印象とは異なる感覚です。

展覧会チラシにも書いてありますが
「かわいい、やさしい、やわらかい。」
といった印象ばかりが注目されるとあり、

私が挿絵作家だと思っていたように、
世間からもこのように思われることが
多かったのでしょう。

「挿絵」という言葉に関しても、
絵本から「挿絵」という言葉を無くしてしまいたい、
絵本における絵が文章の説明になってしまっては
いけない、絵は文章の添え物ではないという
怒りともとれるような発言もされています。

1918年生まれのちひろさんは
自身でも回想しているように、
戦争に翻弄され続けた20代を過ごしました。

戦時中、国に協力していた両親は戦争が終わると
戦犯扱いになり、職も追われ安曇野で開拓農民として
生きていくことになります。

昨日の英雄が今日は罪人というような、
私などには想像もつかない善悪の転換が
日常に起こっていた混乱の時期、

27歳で誰にも言わず安曇野を後にし、
画家になる決意だけを持って
まだ混乱が収まらない空襲後の東京へ向かったこと。

ここが一番「越境」を感じたちひろさんの行動です。

年表を見ながら彼女の人生を俯瞰していると
これを機に自分自身の考えを人生に反映し始めた、
まさに再出発のための越境にみえてきます。


今を生きる私が越境する意味

この時代は大なり小なり誰もが生活の変化を余儀なくされ、
越境しないと生きていけなかった、生き延びるために
越境せざるを得なかったのかもしれません。

私が生きている現代の日本は
ちひろさんの時代とは違い、
生きるために越境をする必要はありません。

国内外で様々な問題はあるにしても、
日本で生活しているとまだ平和な時代だといって
差し支えないと思います。

だからこそ「より良く」この国で、この地球上で
生きていくために越境や学びを
継続する必要があるのです。

戦後のような越境せざるを得ない
強制的な状態がないので、
自発的に行動できるかどうかがポイント。

それには既に自分が持っているもの、用意されている環境、
好きで続けていることや、習慣になっていること、
これを磨き続けようと思うことが、
行動につながると思っています。


−−−−−−−
シンポジウムに参加してから約1週間、
これだけの時間を費やして振返りを行ったことに
多くの学びをいただいたという実感を持っています。

長文にもかかわらず、最後までお読み下さった方、
お時間をいただきありがとうございました。






posted by ひまわり at 10:05| 東京 ☀| Comment(0) | 美術館よもやま記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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